変態



 身体は絡み合うように捻れ、頭は口からめくれていくつかの纏まりになって広がった。  アパートの一室。 ――――俺は……花になった。  動くことも出来ず、声を出すことも出来ない。ただ、そのことを知ることで、自分がまだ自分である ことを自覚できた。しかし、誰も居ない自宅の一室。床に根が付いてしまったいま、これからのことを 考えない自分に手を焼いていた。  壁に掛けられた鏡が目に映った。反射されたこちら側、鏡の向こうには木の幹のような色形をした身 体、そして真紅の花弁が惜しげもなく大輪をその先端に広げていた。太った椰子の木の様だ、と思った。 先端は緑の葉ではなく赤い花だが。他で言えばなんだろう。しっかりと見たことはないが、もしかした ら、サボテンが花をつけた姿に似ているのではないだろうか。無論、色は違うのだろうけど。  ……自分の姿を見るのにも飽きてきたころに、何か他のことをしようとしたが、別段、動く手段もな い自分にすることなどないと考え、視界に映る自分の姿を他人事のように眺めていた。    陽が落ちて、部屋の窓から光が射さなくなったころ、ドアが開いた。鍵を掛け忘れていたらしい。廊 下の明かりが部屋に流れ込み、外から入ってくる人物を浮き彫りにする。よく知った人に思えたが、そ れが誰なのか思い出せない。思い出せないことを知ると、そうすることをやめた。  その人物は部屋の明かりをつけ、花瓶に沢山の花を挿すと、部屋にあった椅子に座り込んだ。俺を窺 うようにちらちらと除き見ては、時より俺の身体に触れる。自分でも驚いたが、突然の侵入者に触れる ことまで許した俺は、なぜか嫌悪感を覚えてはいなかった。  そうして暫くすると、その人物は明かりを消して部屋を出た。  自宅に人が入り、出て行った。特に荒らされたりすることもなかった。が、荒らされたとして、どう だというのだろう。俺は、花だ。ただ、先ほどから。あの人間の置いていった花が気になっている。俺 よりもずっと小さくて、根を持たない花。青、緑、黄色……俺と同じ色。今は暗くてわからない。朝が 来れば、またその姿が見られると思い、俺は陽が昇るのを待った。  花瓶に小さく咲き誇る花々を見て、俺は親近感のようなものを感じている。愛でることもなく、話し かけることもなく、ただ、その姿を瞳に映して時を過ごした。だが、時が過ぎる内に、根を持たない花 は衰えを露にした。頭を垂れ、腕を落とし、身体を変色させていた。俺は戸惑った。しかし、どうする ことも出来ない。俺は、花。だから、水をやることも、陽を射すことも、根を分けてやることも出来は しない。それに、 俺もそろそろ危ない。根を張っても、ここに水は無いみたいだから。  花瓶の奴らの、命がもうあるのかどうかもわからないころ、俺も腕を下げて下を向いていた。このま ま目を閉ざせば、枯れて茶色くなったあいつらと同じになれるかと、そんな風に思っていたころ、いつ かの人間が再び部屋を訪れた。人間は、花瓶の奴らを何の感情も篭らない手つきで鷲づかみにすると、 傍にあった箱の中に放り捨てた。そうして前の時のように暫く椅子に座ると、満足したように出て行っ た。  俺は、箱の中に入れられたあいつ等が気になって、覗こうとしたが、俺には足が無い。だから箱の中 身を覗きに行くことが出来なかった。しかし、どうにも気になってしまった俺は、重い首を上げて視線 を高くした。出来るだけ身体を傾けて、角度を変えて――――。  首がもげた。落ちていく最中に自分の赤い花弁が舞うのが見えた。とうとう、俺も終わりだな、そう 思った。訪れる衝撃。不思議なほど、痛みは無かった。そこで、俺は一体何を考えているのだろうと可 笑しくなった。首がもげたのだ。落ちたときの痛みなど、どうでも良いはずだろう。良いはずなのだが ……俺は、身体の違和感を確かに実感していた。そう、失ったはずの身体。落としたはずの頭。意識は どちらに残ったのだろう。それとも天に昇ったのか。いろいろな思考が巡り、どれも違うと切り捨てた。 なぜなら、俺は見たからだ。落ちた瞬間、衝撃に意識を手放す前に、ずっと昔、自分の身体が人間だっ たころの姿に戻っていたことを。  そして俺は思い出す。いや、夢を見る。次に目が覚めたときの予知夢だ。あの何度も俺の部屋を訪れ た人物。母親が涙を流して喜ぶ顔を。だから、それまでに忘れないようにしなければいけない。植物に なった俺をずっと見ていてくれた小さなあいつらを。


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