仮面ライダーリギル・第2話


[渦巻く力]


〈1〉  風が吹き荒れているような、何かが唸っているような、独特の低い音が耳の奥でこだましていた。  その音に眠りを妨げられ、桐州周吾はゆっくりと目を開けた。視界に飛び込んできた光の正体が、 天井の照明だと気付いた頃には、その音は消えてしまっていた。しばらく部屋の中を見回していた周 吾は、じきに自分の寝かされている場所が病室であると気がついた。  軽いノックの後、周吾の返事を待たず、羽賀野陽太が扉を開けて顔を覗かせた。周吾が既に目を覚 ましているとは思わなかったようで、一瞬、驚いた表情を見せた後、陽太は顔を綻ばせた。 「よお、お目覚めか!」  そんな陽太に、まだ完全に覚醒していないような声色で、周吾は問いかけた。 「陽太…ここ、病院だよな」 「ああ、あの後、お前いきなり気ぃ失っちまってよ。焦ったぜぇ。まあ、外傷も無いし、大した事な いってよ。明日には退院できるぞ」 「あの後……」  周吾の脳裏に、蜘蛛のような姿をした異形の男が、目の前で朽ち果てた光景が蘇ってきた。 「やっぱ夢じゃなかったか…」  そう呟いて、周吾は額に手をやった。 〈2〉  周吾達が番組の撮影中、最後に訪れた場所となった廃工場は、多くの警察官達でごったがえしてい た。  日の出が近付き、少しづつ青味を増してきた東の空から、淡く射し込んでくる光の中、竹潟圏也(け んや)は眉間に皺を寄せ、廃工場の壁面にあるトタンを注視していた。トタン板に付着した白い絹糸 のような物は、蜘蛛のような姿の怪人が戸浦真希を捕らえる際に放った、粘着性を持つ糸の残滓であ る。 「おう、竹潟!お早うさん」  がっしりとした体格と厳つい顔の中年警察官に声をかけられ、振り返った竹潟が、相手の刑事に挨 拶を返した。 「杉野さん、お早うございます」  杉野と呼ばれた中年刑事は、 「大変な事になっちまったなぁ。話は聞いたけどよ、正直、この眼で見てないから、まだ信じられね え気持ちの方が大きいんだが…まさか化け物まで出るとはなあ」  そう言いながら、周囲で捜査を続ける多くの警察官達に目を向けた。再び竹潟に向き直った杉野は 疑問を口にした。 「例の、芸能人誘拐騒ぎと、本当に関係あるんだろうな?だから、組織犯罪対策部も一応こうして出 向いてるわけなんだが」  少しためらいがちに、竹潟が答える。 「桐州周吾らが脱走してきたという山中で、地下に隠された大掛かりな建造物が、実際に発見された …という話は聞いてますよね?」 「おう、昨日の真っ昼間にだろ?それもまた、漫画みたいな話で現実感涌いてないんだが…」 「その中に入った捜査員らの報告を受けた上の人たちが、更に、夕方になってここで見つかった複数 の遺体の状態を聞いた途端、関連性の高い事件であると結論付けたようで…。でも、俺達も詳しい事 は殆ど聞かされていないんですよ。それに、山の中で見つかった、その施設の詳細も聞かされていな いし、そもそも、施設に入ったっていう捜査員らが、どこの部署の人達かすら、俺達の耳に入ってこ ないんです」 「どういう事なんだ、そりゃ…」  杉野が呟くと、竹潟の携帯に着信が入った。 「ああ、それは良かった。わざわざ、ありがとうございます。はい、それでは…」  簡潔に会話を済ませると、竹潟は携帯をしまい、杉野との会話に戻った。 「今の電話、桐州周吾君のマネージャーをしている男性からです。桐州君の意識が戻ったと」 「そうか、例の誘拐されたアイドルの坊やだな? 災難だよな、誘拐騒ぎから数週間で、今度は化け 物に襲われるとはよ。しかし、どっちの事件も無事に生還してるんだから、運が良いのか悪いのか分 からねえ奴だな。まあ、良くも悪くも、世間に注目されて知名度は上がるかもしれんが…」  そう言って苦笑した杉野は、すぐに真顔に戻り、 「いや、しかし、さっきの、地下に誘拐犯どものアジトがあったって話だが、俺の聞いた話に、信憑 性が増したと言えるかもな」  と言った。竹潟が、その言葉の意味を問う。 「何です?」 「お前も聞いたことあるだろ、それこそ漫画みたいな話なんだが、何やら国際的に犯罪を犯してる、 デカい組織がいるって噂。そいつらを調査して、対策をたてるための機関があるって噂もよ。日本の 警察からも何人か、その組織を調査するために対策機関へ貸し出されてる連中がいるって話だ」 「あの、それって…」  竹潟が質問をするよりも先に、杉野が答えた。 「つまり今回のヤマは、そのデカい組織とやらが絡んでるかもって事さ」  竹潟らがいる工場跡地と、蜘蛛のような怪物が爆死を遂げた発電用の風車付近とを、まとめて一望 できる付近の山々に、送電用の鉄塔が立ち並んでいる。そのうちの、一つの鉄塔の上に、二つの人影 があった。一方の正体は、ロケに同行した伊原というプロデューサー。命綱を付けている様子も無く、 地上から十数メートルは離れた高度にある、細い骨組みの上に、己の足だけで立っている。彼の後ろ に立つ、もう一つの影の正体は、人の姿をしたものではなかった。首から下を、マントのようなもの ですっぽりと覆った、どことなく蝙蝠を思わせる風貌の異形であった。蝙蝠に似た怪物は、サンプリ ングをかけられたような機械的な響きの音声で、不意に言葉を発した。 「駄目だな、何も残ってはいない」  それに対し、伊原プロデューサーは振り向きもせずに答えた。 「お前の目でも見つけられないか。目ぼしい物は警察の人間どもに回収されてしまったらしいな」 「一体、何が起こったのだ。あの蜘蛛に似た『新型』が死んだという事は分かる。しかし、ならば何 故、死んだ? 明らかに、自分と同等―もしくはそれ以上の力を持つ何かと交戦し、そして殺された としか思えない」  その問いに、またしても振り向かずじまいで答える伊原。 「可能性として、一番大きいのは…」 「桐州周吾と戸浦真希か」 「ああ、丁度、例の二人が蜘蛛に似た奴と共に、皆の前から姿を消した。それから何十分と経たんう ちに、この結果だ。偶然とは思えん」 「確かにな。…そろそろ戻らんと、今度は俺達の姿が見当たらんといって、騒ぎになるかもしれんぞ」  伊原プロデューサーにそう告げた異形は、いつの間にか、ごく普通の人間の姿となっていた。それ は、伊原と共に撮影に同行していた小森というディレクターだった。 「ああ、そうだな。だが、ウルファンドルへの報告は、なるべく早く済ませておこう」  伊原プロデューサーと小森ディレクターは、まるで階段でも降りていくように、軽々と鉄塔から飛 び降りていった。 〈3〉  陽太より後から病室へやってきた「おやっさん」こと桑田マネージャーは、周吾の目覚めに大喜び した後、慌ただしく病室を出て、事務所や警察等、方々へ周吾の無事を連絡し、またアタフタと病室 へ戻ってきた。 「うんうん、本当に無事で良かったよ、周吾君」  先程、病室へ来た時と同じ台詞をもう一度繰り返した後、桑田マネージャーは、周吾の傍によると、 「ところでさ、体調に問題無い様だったら、あの竹潟って刑事さんが、早速、色々と聞きたい事があ るって言ってるんだけど…断っておこうか?」  と、ややトーンを落とした声で告げた。 「竹潟さんって…あー、化けモンが現われる直前に話してた刑事サンか」  陽太が、廃工場であった若い刑事の顔を思い浮かべながら言う。 「じゃあ、是非、来てもらえるように言って下さい。身体の方はもう何ともないんで。俺からも、竹 潟さんに聞きたい事があるし」  竹潟の名に反応した周吾は、急くように桑田へ言った。 「そう? じゃあ…」  周吾の体調がまだ気にかかる様子ではあったが、周吾の要望を受けた桑田は、再び竹潟と連絡を取 るために病室を後にした。桑田が病室のドアを後ろ手で閉め、完全に彼の姿が見えなくなるまで、見 送った周吾は、傍に座っている陽太を見やりながら、 「おやっさんは、俺の姿が変わっちゃった事、気付かなかったみたいだね」  と囁いた。 「歳だしなあ、俺達に追いつくのが、大分、後だったしよ。キョロキョロしながらお前の姿を見つけ た時には、もうお前が人間に戻った後だったしよ。ま、おかげで見られずにすんだんだけどな」  そう言って、一旦、言葉を切った陽太は、数秒の間を置いてからためらいがちに切り出した。 「で…問題はこれから、どうするかだよ。お前の身体…。お前をさらった連中が、その手術室みたい な場所でお前に何かしたから、ああなっちまったんだろ?」 「うん…間違いない、と思う…」 「身体を元に戻そうにも、あんな連中をもう一回探し出して、またお前の身体を預ける、ってのもな あ…。相談…しようにも、誰に相談すりゃいいんだか…。お前、その竹潟って刑事に、この事を話し たくて呼んだのか?」  周吾は、少しの間、視線を陽太から外してから、答えた。 「いや…そこまでは考えてなかった。ただ、俺が気絶した後、事件の方はどう進展したのかな、って 思って。まあ、もし俺の変身とか、あの蜘蛛みたいなのと戦ったり倒したりした事に気付かれてて、 それを確かめられたりしたら、正直に答えるかも」 「俺はさ…あの刑事がどんな人間かは知らねえけど…信用できる奴だったにせよ、まだ警察にお前の 身体の事、言わねえ方が良いと思うぜ。お前まで、あんな虫人間みたいなのに姿が変わるって知られ たら、どんな風に扱われるか、分かったもんじゃねえ」  周吾は、病室の天井に視線を移して、呟くように言った。 「うん…。仮にも、何度かTVに出た事もある歌手が、あんな変身が出来るなんてバレたら、えらい 騒ぎになっちゃうよねえ…。あの蜘蛛の怪物と、同類なんじゃないかって思われるだろうし。少なく とも俺は、アイツみたいに人を襲おうとか考えてる訳じゃないけどね」 「それは、当たり前だ! お前があんなのに変身して人を襲ったりするもんかよ。あの時だって、戸 浦真希ちゃんがさらわれちまったから、あの子を助ける為に変わったんだろ? お前が化けモンと同 類だったりしたら、そんな事する訳ねえだろ。……お前は人間だよ。でも、周りはそう思ってくれな いかもしれねえって言ってんだ。お前の事情も良く知らない奴が、お前も化け物の仲間だなんて騒ぎ 立てたら、大変だろうが。人に正体バラすのは、慎重にいったほうがいいぜ」  声を荒げてまくし立てる陽太が、自分の身を案じて言っている事は、周吾には伝わっていた。 「ああ…分かった」  苦笑するように微笑んで、陽太の提言を承諾した周吾だったが、ふと真顔になって話題を変えた。 「その真希さんだけどさ、彼女、どうなった?大丈夫だったよな」 「あ、おお、お前の頑張りのおかげでな。彼女も結構頑丈でな。別の病室でまだ眠ってるはずだけど、 やっぱり大した怪我はしてないんだってよ」 「そうか、良かった。……大した怪我は無い…か」  戸浦真希の無事を聞いてホッとしながらも、同時に、周吾には少し気にかかるものがあった。  周吾と陽太が話題に出していた丁度その頃、別の個室に寝かされていた戸浦真希は、その目蓋をゆ っくりと開いた。 「真希ちゃん! 良かったあ、眼が覚めたのね? 気分は? 私の事、分かる?」  ベッドの傍にあるパイプ椅子に座って、真希を見守っていた名取マネージャーは、真希の意識がも どった事に気付くなり、声を潜めながらも、殆どまくしたてる形で真希へ話しかけた。 「名取さん…ここ…」  ボンヤリした表情で、真希が訊ねる。 「病院よ。良かったわ、本当、良かった…どうなるかと思ったけど、奇跡的に傷も殆どなくって…」  それを聞いた途端、真希の脳裏に、気を失う直前の恐ろしい体験がフラッシュバックした。慌てて、 服の袖を捲くる真希。  あの時、怪物の放出した糸は、腕ごと真希の身体を雁字搦めにし、凄まじい力で締め上げた。身体 の奥底から骨の軋む音が聞こえ、内臓も潰れてしまうのではという程の苦痛を味わったのだ。だが確 かに、彼女の腕には、それを示す痕跡が痣一つ残っていなかったのである。 「本当だ…もう、痛みさえ無い…。でも…」  確かに、あの恐怖の出来事は、夢ではなかった筈だ。 〈4〉  都内の国営放送局内にあるスタジオの一つにて、とある番組の収録が終わりを迎えた。 「次回も、お楽しみにー!」  番組の司会進行を務める男性タレントの声に合わせて、彼の周りを取り囲む、小学校低学年〜高学 年までの範囲で選ばれた出演者の児童らが、一斉にカメラへ手を振る。 「はーい、撮影終了でーす。お疲れ様ー」  撮影スタッフが声をかけると、出演者達が肩から力を抜いた。子供達の中でも、最年長と思しき少 年タレントが、 大きな声で、共演者や周囲の撮影スタッフに挨拶をする。 「お疲れ様でーす」 「ほい、お疲れさん」  髭を生やした番組ディレクターをはじめとしたスタッフらが、笑顔で答える。  他の子供たちは口々に、疲れた、早く帰ろー、と呟きながら、のんびりとした歩調でスタジオを後 にしようとする。 「おい、お前ら挨拶」  最年長と思しき少年は、帰ろうとする子供達を引き止める。呼び止められ、振り返った子供の何人 かが、一斉に敬礼をとるようなポーズをとり、スタジオ中に響き渡るような声を出した。 「うーい。みんな、ごくろー!」  元気の良いその声に、引き続きスタジオ内で作業に勤しんでいたスタッフ達から、笑いが起きる。 「何でそんな偉そうなんだ、お前ら」  突っ込みを入れながら、彼等の挨拶を正そうとする少年タレントを、 「まま、これ位の方が子供らしくて良いって」  と、髭を生やしたディレクターが、苦笑しながらとりなす。  そこへ、一人の男性がスタジオの扉をくぐって、駆け足でやってきた。少年タレントのマネージャ ーらしいその男性は、少年に駆け寄ると、笑顔でこう告げた。 「照之君、HOPPERSの桐州君が目を覚ましたって!」 「え、マジですか!」  照之と呼ばれた少年が、驚きながらも目を輝かせる。傍で話を聞いていたディレクターが、髭をい じりながら、ぼそぼそと言った。 「大変だよなあ、彼も…。例の誘拐事件から、一ヶ月足らずで、またこの騒ぎだよ」  耳ざとく男性マネージャーの言葉を聞きつけ、いつの間にかスタジオの入り口から退き返していた 幾人かの子供達が、照之に元気よく提案した。 「シューゴの見舞いに行こ!」 「え…お前ら、見舞いって言っても、急に…」  うろたえる照之に、彼のマネージャーが、更に提案する。 「なんなら、送ってくくらいはできるよ?病院の場所、分かるし。まあー、でも、もう取材陣で一杯 だろうし、まだ面会とかは出来ないかもしれないから、無理だろうとは思うけどね」 「えー!」  子供達は、一斉に口を尖らせた。 「これ、シューゴの奴に渡そうと思ってるんだよ!」  そう言いながら、男児の一人が、ポケットから取り出した封筒の束を、照之達に突きつけた。 「お、これって…」  封筒の正体に気付いた照之は、、少し驚いた表情で男児の顔を眺めた。 〈5〉 「あ…竹潟さん」  病室を訪れた刑事に気付いた周吾は、ベッドから上半身を起こした。 「本当に大丈夫だったのかな、起きたばかりで、聴取などしてしまって」  病室の壁際へ後退している陽太と桑田マネージャーに目をやりながら、竹潟警部補が周吾を気遣う。 「ええ、本当に大丈夫です。どんどん質問しちゃって下さい。二度目ですね、病院で竹潟さんに聴取 されるの」  竹潟は思わず苦笑しながら、 「そうだね…同じ人物に対する聴取が、二度とも病院とはな」  と相槌を打った。 「前回と違うのは、マスコミへ情報の流れるのが早かったことかな。昨夜の事件そのものについては まだしも、君が目を覚ましたと、何処で聞きつけたものか…下は、もう取材陣でごった返しているよ」  竹潟の言葉通り、病院の入り口付近には、手に手にカメラや集音マイクを携えた撮影スタッフや、 カメラに向かって深刻な表情で何事かをまくしたてるリポーターらが、幾人も群がっていた。彼等と しては、取材における最低限のマナーは遵守しているつりなのであろうが、ロビーにいる患者らは、 一体何事かと、取材陣を次々と振り返り、病院の敷地内を車で移動する者は、鬱陶しそうに取材陣を 一瞥した。 「もう一度聞くが、もう一匹現われて、それが最初に現れた奴を、やっつけてしまったと…間違いな いんだね?」  竹潟の確認に、周吾は頷きながら、改めて説明する。 「はい。青い体の、昆虫みたいな奴が…。陽太も…俺の相方も一緒に見てるし、間違いありません」  陽太も頷きながら、捕捉する。 「ハイ、間違いなく俺も見てました。俺の他に、おやっさんも戸浦真希ちゃんも、その場にいたし… あ、真希ちゃんは気絶しちまってたか」 「私も、駆けつけた時には全部終わってたから、見てないけどね…」  桑田マネージャーが、小声で呟く。 「ふむ…戸浦真希さんにも、体調が戻り次第、色々と話を聞かせてもらうつもりではいるが」  そう呟いて考え込むような仕草を見せる竹潟に、周吾が 「竹潟さん…俺、あの青い方は悪い奴じゃないと思うんです。俺達を助けくれたわけだし、戦いの後 も、俺達には何もせずに立ち去って…」  と話しかけるが、竹潟は 「いや、君達を助けたのは、結果的にそうなっただけ、という事にすぎないのかもしれない。未知の 相手だ。味方と結論を出すのは早いと思うよ」  と、頭を振った。 「はあ…」  曖昧な返事をする周吾の複雑な心境には、気付かない様子の竹潟は、やがて、 「しかし…だとすると、やはり怪物は、あの一匹だけではなかったというのか」  と、再び呟いた。竹潟のその言葉に引っ掛かりをおぼえ、周吾が逆に質問をする。 「え、竹潟さん、『やっぱり』っていうのは?」 「さっきも途中で述べたが、君達の言っていた、誘拐グループのアジトが山中で発見された。そこに は、白衣を着た科学者風の格好をした男達が死体となっていたとも言ったね」 「ええ」  相槌を打ちながら、周吾は、手術台に拘束された自分の周囲を慌ただしく動き回っていた男達を思 い出していた。 「その男達の傍に、人間が一人、納まるくらいの、カプセル状の機械があったそうだ。それも、一つ じゃなく、幾つもね。…例えば、もしあの怪物が、人工的に作られた生き物だとして、あのカプセル から作られ、出てきたのだとしたら、他にも同じような奴が何匹もいる事に…」 「ちょ、ちょっとまって下さい。あの怪物と、うちの周吾達が以前さらわれた事件と、関係があるっ て仰るんですか?」  竹潟の説明を遮って、桑田マネージャーが質問をぶつける。竹潟は、順を追って説明をしていなか った事に気付き、改めて両事件の関係性を語り出した。 「…実は、廃工場で見つかったと言っていた死体の事なんだが…」 「あ、俺もそれについて詳しく聞こうと思ってたんです」  今度は周吾が、竹潟の説明を遮る。竹潟は頷いて、言葉を続けた。 「廃工場にあった死体もやはり、同じような白衣を着た男達だったんだ。検死の報告はまだ入ってき ていないが、最低でも殺されてから二、三週間は経過しているようだと、あの時、現場では判断して いた。丁度、君達が誘拐され、そして自力で脱出した時期だ。誘拐グループのアジトで死体になって いた男達の仲間だと、断定して間違いないと思う。問題は、同じくアジト内で殺害されたらしい男達 の死体が、何故、廃工場にあったかだが…。あの怪物が基地から死体を持ち出し、あそこに放置した とは考えられないだろうか?」  その推測を聞いて、周吾は蜘蛛に似た怪物の目論見について、一つの可能性に思い当たり、思わず 独り言を漏らす。 「俺を誘き寄せる、餌…?」 「え?」  周吾の呟きを耳にし、聞き返す竹潟に、 「ああ、何でもないです」  手を振りながら、慌てて誤魔化す周吾。そこでふと、時計に目をやった竹潟もまた、慌てた様子で 立ち上がると、 「おっと、もうこんな時間だ。わざわざ警視総監からの直接の呼び出しがあってね。これから、今回 の事件について、詳しく話し合いを行うんだ。色々と話を聞かせてくれて、ありがとう。目が覚めた ばかりだというのに、長い間、すまなかったね」  そう言って、周吾に頭を下げた。 「いえいえ、こちらこそ。捜査の方、頑張ってください。その話し合いで、何か分かったら、また教 えてくださいね」  周吾の言葉に微笑んで返した竹潟は、陽太と桑田にも丁寧に頭を下げると、病室を後にした。  国営放送での撮影を終え、本当に周吾の見舞いへとやってきた子供達と男性マネージャーは、病院 の入り口にたむろする取材陣を見て、やや尻込みした。 「うへー、引き返そうか?こりゃ、凄い事になってるよ」 「ううん、シューゴの見舞いに行く!」  逃げ腰になるマネージャーの言葉に、児童の一人が断固反対した。 「しょうがない…ここまで来たんだ、一応、最後まで行ってみるか。まあ、面会は多分、出来ないん だろうけど」  児童の意気込みに苦笑した照之は、そう言って子供達を先導し、病院の玄関へと向かって行った。 「ああ、ちょっと…」  制止しようとするマネージャーの言葉も届かず、子供達は、周吾に関する取材目当てで集っている 連中の傍をすり抜けていった。幸い、取材陣には、彼等の顔に見覚えのある人間はいなかったらしい。 記者に呼び止められて詮索を受ける事も無く、ハラハラしながらマネージャーが見守る中、子供達は 院内へ入り、受付へと進んで行った。 「お……」  不意に声を上げた周吾を、陽太が不思議そうに問い質す。 「あん?何だ、どうした?」 「誰か、この病室に近付いてきてる…しかも、俺の名前を話題に出してる」 「はん?俺には何も…」  聞こえない、と言いかけた陽太は、三週間前の喫茶ホイールでの出来事を思い出した。 「お前、確か、前にもそんな事、言ってなかったか?」 「うん…こんな体になったからかな。妙に耳とか、感覚が鋭くなってるみたいで…離れたところの、 自分にとって気にかかる声や音が、突然聞こえてきたりするみたいでさ」  そう言いながら、周吾は体を起こし、ベッドから降り始めた。 「おい、周吾?どこ行くつもりだよ!」  ベッドの傍に揃えてあった靴を突っ掛け、そのまま病室から出て行くつもりらしい周吾を、陽太が 呼び止める。 「そんな筈はないと思うんだけど…でも、あの声は聞き覚えが…」  そう呟きながら、周吾はドアを開け、キョロキョロと周囲を見回しながら出て行ってしまう。 「おいおい、何言ってんだよ?取材の奴らが下に大勢来てんだぞ!見つかったら色々面倒だぜ!」 「あれ、ちょっと、二人とも何処に行くの?」  陽太も、周吾を呼び戻そうとしながら後を追い、野暮用を済ませて病室に戻ってくるところだった 桑田マネージャーもまた、二人の姿に気付き、呼び止めようとする。  数分後、同じ階にある廊下の角を曲がったところで、周吾は自分の知る面々と出くわして、足を止 めた。何度か、ゲストとして出演した事のある国営放送の教育番組にて、共演して顔見知りとなって いた子供達である。 「あーっ、シューゴ発見!」  歓声を上げる児童の口を、照之が慌てて押さえる。 「バカ、声でけぇ!病院だぞ!……周吾さん、何でこんなとこ歩いてんの? 怪我、大丈夫なの?  まだ寝てなきゃ駄目なんじゃ…」 「照之…お前らも…。何でここに?」  互いに不思議そうな顔をする周吾と照之に構わず、照之と共にやって来た三人の男児の一人が、 「これね、シューゴに、お手紙!」  と、ポケットから取り出した封筒の束を、ニコニコしながら突き出した。 「これは…?」  封筒を受け取った周吾に、照之が説明する。 「誘拐事件の後、番組に届いてた周吾さん宛のファンレターです。早く元気になって、また出演でき るようになれると良いですね、っていう」 「お前ら…これを届けるために、わざわざ?」  驚きながら、ファンレターから子供達へ視線を移す周吾。 「届けにきたぞ!」 「何かお礼して!」  口々に言う児童らをたしなめながら、照之が苦笑しながら言う。 「いや…勿論、今、これを届ける必要なんか無かったけど、周吾さんが目を覚ましたって聞いたら、 こいつらが、どうしても見舞いにこれを届けるって言ってきかなくって…」 「こういう見舞いのほうが、怪我には良いんだぜ。セーシンテキに効くから」  自慢げに言う男児の一人に、やはり苦笑しながら照之が突っ込みを入れる。 「なんだ、偉そうに。分かったような事を」 「…確かに、これは良く効きそうだな」  そう言って、再び封筒に目をやり、目を細める周吾。子供達が、周吾に次々と質問をぶつけだした。 「なー、襲ってきた奴ってどんなんだった? 誘拐犯と同じ奴だった?」 「周吾が、犯人をぶっ倒したんだろ? 誘拐された時、逃げ出した時みたいに!」 「んー、どうだったかな?」  周吾がとぼけると、面白くなさそうな顔になった子供の一人が、 「えー、やっつけてねえの? 折角、昔にコレ習ってたのに? ボクシングだっけ?」 と、両拳を握り締めて格闘技の構えを真似る。 「いや、ボクシングじゃないよ。日本伝統の…」 「柔道か!」  周吾の言葉を遮り、他の児童がすかさず口を挟む。 「それも違う。つーか、前に俺が話した事、全く覚えてないのかい、お前らは」  苦笑した周吾は、改めて満面の笑みを浮かべると、皆の顔を見回しながら言った。 「皆、本当、ありがとな。嬉しかった。でも、あんまりこの病院で俺と一緒に居ると、大騒ぎになる かもだぜ。明日、学校だってあるだろ?」 「うん、マネージャーさんも待たせてあるし、もう行くよ。早く元気になってね、周吾さん。ほーら、 お前ら、帰るぞ」  張り切って、他の子供達を従え、引き返していく照之を見送りながら、周吾はしばらく微笑んだま ま立ち尽くしていた。 「あの子ら、番組で一緒だった事がある子達だよな」 いつ頃からなのか、曲がり角の陰から周吾達の様子を見守っていた陽太が、声をかけた。 「ああ、そうだよ」  返事を返してから周吾は、子供達が見舞い代わりに持ってきてくれたファンレターをもう一度見つ めて、微笑んだ。 〈6〉 「え…では、その大規模な犯罪組織というのは実在すると? 桐州周吾らの誘拐事件も、今回の一件 も、どちらにもその組織が関っているという事ですか?」  警視庁に戻った竹潟は、杉野と共に警視総監の前に立ち、総監から受けた説明の内容を要約して繰 り返した。竹潟の言葉を、頷いて肯定した警視総監は、 「組織の噂を知っているのならば、話が早い。その組織が行う犯罪の捜査・撲滅を目的に、各国の軍 や警察組織が水面下で協同し、立ち上げた対策機関の噂も知っているだろう?今まで、我が国の治安 は、その組織による事件に対して本腰を入れたものではなかった。しかし、今回の2つの事件を契機 に、日本警察の内部にも、その対策機関の日本支部という形で、急遽、対策本部を設置する事となっ た」  そこまで言うと、一旦言葉を切って、少し体を前に乗り出し、 「各都道府県の警察本部から、数名ずつ代表の警察官を選出し、その対策機関日本支部のメンバーに 組み込んでいる。竹潟君、君は既にアレを実際に目撃し、襲撃を受け、関りを持っている。杉野君は、 組織犯罪対策部の中でも、特に豊富な経験を持っている。急な話なのだが、君達2名には是非、警視 庁を代表して、日本支部のメンバーとなっていただきたい」  と伝えた。 「これから早速、会議とはよぉ」  警視総監の話が終わってからわずか二時間の後。竹潟と会話をしながら、警視庁内の会議場へ歩み を進める杉野の姿があった。 「警視総監から直々に呼び出されて、何を言われるのかと思えば…。そんな組織が実在したというだ けでも驚きなのに、まさか俺が対策本部の一員に選出されるなんて…」  竹潟が、並んで歩く杉野に目をやりながら言う。 「でも、お前、よくあっさりと二つ返事で承諾したもんだな。もう少し考え込むかと思っていたが」 「俺自身、自分がこの目にした怪物や、その裏で糸を引く連中について、詳しく知りたいと思ってい ますからね。あんな形で関った以上、最後まで事件を追ってみたいですし」  竹潟が言い終えると同時に、一人の警察官が、後ろから杉野へ声をかけてきた。 「お久し振りです、杉野さん」  振り返った杉野が、濃紺のスーツに身を包んだその若い刑事を見て、驚きの声を上げた。 「堀川(ほりかわ)か!久し振りだなあ、お前!」  会釈を返した堀川という刑事は、更に竹潟へ向き直って挨拶を行う。 「竹潟警部補、ですね?。はじめまして。杉野さんからお話は窺っています。堀川捻治(ねんじ)。 警部補です」  どこに所属する警部補なのかは、言わなかった。 「あ…、こちらこそ、はじめまして。竹潟圏也です。刑事部の捜査第一課に所属しています」  慌てて挨拶を返す竹潟に、杉野は、 「さっき言ってたろ。組織を調査するために、日本から対策機関へ貸し出されてたっていう、噂の警 察官。こいつがそうなんだ。元々は、島根で警備部にいたんだが…」  と、堀川についての補足説明をすると、また、堀川へ向き直り、質問を口にした。 「お前がここに来たって事は…じゃ、やっぱり、この事件は例の?」 「はい、担当している組織の起こした事件です。まさか、お二人が奴等と係わり合いになるとは…」  堀川は、杉野の問いを受けて答える。竹潟は、昨夜の事件を回想しながら、堀川へ呟くように言っ た。 「まだ、少し現実感が沸かないんです。…あれは、人間ではありませんでした」  堀川は会議場の方角を見遣りながら、 「それについて、これから会議場で説明を行うのです。詳しいお話は、その時に…」  そう言うと、二人を先導するように歩き出す。後につづく二人に、歩きながら更に説明を続ける堀 川。 「既にお気付きとは思いますが、犯罪組織といっても、『敵』は、ギャング団やマフィア等とは、一 線を画します。組織の名前は―」  一呼吸、間をおき、堀川は聞き慣れない単語を口にした。 「フェザールといいます」 〈7〉  照明を切られ、暗闇に閉ざされた室内で、伊原玲人(れいじ)プロデューサーは、何者かと『交信』 を行っていた。傍に控える小森ディレクターは、口を挟まず、成り行きを見守っている。 「状況から見て、緑川支部に監禁していた桐州周吾と戸浦真希に、既に何らかの処置は施されており、 二人のうちどちらか…あるいは、両方が、蜘蛛に似た『新型』を葬ったと思うのだが…」  携帯電話を一回り小型化し、数字ボタンを取り除いたようなデザインの通信機に向かって、語りか ける伊原。通信機のスピーカーから響いてくる交信相手の低い声が答える。 「それで間違いはなかろう。どちらが手を下したにせよ、殆ど初の、生きたままの改造成功例という 訳だ」 「生きたまま?と、いう事は…」  伊原が口にしかけた言葉を引き継ぎながら、交信相手である男は説明をする。 「ああ、奴らは、我々サイボーグデッドとは少し違う。改造人間なのだ」 「ほう…では、蜘蛛に似た方は…」  やはり、伊原の言葉を引き継ぎ、男は答える。 「お前の『新型』という表現は間違っていない。まさに、サイボーグデッドとも改造人間とも違う、 新型の兵士だ」  伊原の通信相手である、頭髪をオールバックに撫で付けた男は、伊原達と同じく、淡いブルーの光 と薄暗闇で満たされた空間に一人、仁王立ちになって通信を続けていた。 「緑川だけではないのだ。お前達のところにも、既に報告がいっていると思うが、神隠岐(かみおき) 第三支部と羽子(はご)第四支部にも、続けざまに同様の事態が起き、更に今日になって、志度(し ど)第六支部の科学陣からの連絡が突然、途絶えた。現在、調査中ではあるが、志度でも『新型』の 研究を行っていた。やはり、同じ事態が起きたとみていいだろう」  その話を聞いて、懸念する伊原。 「では、日本国内で開発中だった『新型』どもは、ことごとく脱走した事になるが…撮影中に我々が、 あの蜘蛛のような奴に襲われたような事件だけでは、すまなくなるぞ。危険だな。早急に見つけ出し て、片っ端から処分しなければならないのでは?」 「分かっているさ。『新型』連中については、俺達に任せてもらおう。インパルラ、お前には、桐州 周吾と戸浦真希、それと他の三名もだな。誰が改造され、そして『新型』に手を下したのか、その確 認を優先してもらう。対象をこちらに引き込めるようならば、試みるがいい。強引に連れ去って再処 置を施す手もあるが、どちらも不可能だと判断した場合は、殺せ。バルトックスはお前の元から離れ、 他のサイボーグデッド潜伏場所を回ることにしよう」 「了解した。では早速、行動に移る。フェザールに栄光有れ」  交信相手に「インパルラ」という名で呼ばれた伊原は、その言葉を最後に、通信を終えた。  伊原―インパルラと交信をしていたオールバックの男は、通信機をコートのポケットにしまうと、 背後の暗闇に目をやった。彼の周囲には、白衣を血で染めた無数の男達が、捨てられた人形のように 横たわっていた。彼等が既に息絶えているのは、傍目でも明らかである。  やがて、男の見つめている闇の向こうから、三つの影が現われた。影の一つは捻じれた角のような ものを頭部から生やし、もう一つはアンモナイトの殻を思わせる突起を、やはり頭部に備えた異形。 残る一つの影は、他の二つを上回る巨体に、鬣のような頭髪を持っていた。オールバックの男は、三 つの異形の影に対して語りかける。 「この、志度第六支部で四つ目。予定より早く、桐州周吾らが一匹を倒してしまったが…ようやく、 役者が揃う事となる」 〈8〉  警視庁の会議場に集った、竹潟をはじめとする警察官達は、警視総監より、未知の『敵』に対する 説明を受けていた。 「一連の事件の裏にて暗躍する、その組織の名はフェザール。今回の事件を受けて、日本での活動を 本格化する事となった対策機関は、アンチフェザール同盟と呼ばれている」  配布された資料に目を通しながら、竹潟と杉野は総監の言葉に耳を傾ける。 「これは、フェザールが象徴として用いるシンボルマークだ。緑川キャンプ場付近のアジトでも、発 見された機械類などに、このマークが印されていた」  総監の背後にある、スライドショー等を映し出すためのスクリーンには、赤い円状の奇妙なマーク が映っている。 「今度からは、我々日本警察も、本格的にアンチフェザール同盟と協同で、フェザールの犯罪阻止に 尽力する事になる。むしろ、もっと早くに我々も真相を知って対処すべきだったのだが…。正確には、 日本の警察という組織の中に、アンチフェザール同盟の日本支部を新たに置くという形になる。本日、 ここに集ってもらった諸君は、一連の事件でフェザールの事件と関った者、もしくは、間接的にでは あるが事件についてかなりの情報を得た者達だ。あらかじめ、日本警察よりアンチフェザール同盟の 一員として派遣されていたメンバーにも、今回から改めて、日本支部の一員に加わってもらう。既に フェザールの事件に関っていた経験者として、しばらくは彼等が諸君らに指示を下す事となるだろう」  そう言って総監は、自分の後ろに控えている、堀川捻治ら数名の警官を示した。堀川は、黙って、 竹潟ら説明を受けている側の警察官達に会釈する。 「フェザールの、判明している限りの実態については、彼等から説明を受けてもらう」  警視総監は、後ろに控える警察官の一人に席を譲り、後退した。 「配布した資料にも書いてあることですが…」  総監から説明役を任された男性警官が、資料のあるページにも書かれている記述を、あらためて口 頭で説明する。会議場に人々が集まってから一時間余り、総監の語るフェザールという組織の解説は、 いよいよ現実離れした内容になっていった。 「ここに記載されている、サイボーグデッド。フェザールが開発し、テロや戦闘行為の主戦力として 用いる、平たく言えば、生体兵器です。その正体は、人間の亡骸にサイボーグ化手術を施して造り出 されたもので、元々その人間が持っていた記憶・自我は既に無く、フェザールによって植えつけられ た新たな人工の知性によって動く。いわば、人間の死体を素材にして作ったロボットのような存在で あります。彼らは、かつて組織の一員として働いていた人間が死後に改造されたタイプ、組織に拉致 されて人体実験等を受けた結果、命を落とした者の死体を改造したタイプが大半を占めています。基 本的に、普段は人間の姿になりすます事も可能で、場合によっては社会的な地位まで持ち、この社会 に潜伏しながら、フェザールの一員として、命令を遂行する者もいるのです」  眼鏡のずれを直しながら、警官が一旦、言葉を切った時、杉野が信じられないという表情で、頭を 振りながら言った。 「じゃあ、ここに載ってる化けモンの正体は、人間の…被害者たちの遺体を材料にして造った、ロボ ットみたいなもんだってのか」 「…そうなりますね」  眉をひそめながら、竹潟が答える。 「最低の連中だな」  険しい表情の杉野が呟いた。  杉野達の会話が途切れるタイミングを計ったかのように、プレゼンテーションが再会される。スク リーンに、新たな画像が映し出された。黒いボディスーツのような物で全身を覆った、奇怪な格好の 人物が写っている。 「こちらは、フェザール戦闘員と呼ばれています。いわば簡易型のサイボーグデッドであり、先の説 明にあったサイボーグデッドの指示に従い、基本的に集団で行動する、フェザールの雑兵です」  眼鏡をかけた説明役の警官は、会議場を見渡しながら言葉を続ける。 「会議終了の後、対フェザール用の特殊拳銃を各人に支給することとなっていますが、これは戦闘に 及んだ場合、この戦闘員に対しては非常に有効であり、命中させる事が出来れば、ほぼ確実にその活 動を停止させる事が可能です。ただし、サイボーグデッドは殆どの場合、戦闘員よりも頑丈なボディ と高い戦闘能力を有しており、この特殊拳銃だけで対処する事は極めて危険です」  ここまでの説明を終えると、眼鏡をかけた警官に代わって、再び警視総監が壇上に上がった。 「今迄の説明で分かる通り、彼等は普通の人間の集団ではない。常識の通用する相手ではない。各国 で、先のような誘拐事件を起こし、サイボーグデッドなる生体兵器を生み出し、テロ行為じみた破壊 工作などによって多くの犠牲者を出している危険な組織だ。だが、その活動目的や、組織の規模、技 術力の全容など、今もって不明な点が多い。各々、十分に警戒し、全力で彼等の起こす事件に対処し てもらいたい」 「ほお、見た目は普通の拳銃とたいして変わんねえな」  会議終了後、杉野が、支給された特殊拳銃を手にとって呟く。拳銃の外見は、S&W M28という 既存の強力な拳銃に似ており、そこに込めるべき専用の弾丸も、357マグナム弾に酷似した外見であ る。 「秘密結社に、サイボーグ何たらときたもんだ。SFみたいな話だが…マジなんだな」  拳銃を仕舞い込みながら、呟くように、竹潟に語りかける杉野。  堀川が、廊下で竹潟らを姿を見かけ、話しかけようとすると、背後から、堀川を呼び止める女性の 声が投げかけられた。 「緊急会議、お疲れ様です、堀川警部補。日本でお会いするのは、これが初めてじゃないですか?」  堀川が振り向く。そこに居た女性は、警察官ではなかった。周吾達と同じ誘拐事件に巻き込まれ、 共に脱出した女性カメラマンの千代崎渦奈子であった。 「へえ、あの若い刑事さん、確か竹潟っていう…。あの人も日本支部に入ったんですね」  杉野と竹潟を見遣りながら、独り言のように言う渦奈子。 「千代崎さん、何故、ここに?」  竹潟らを微笑みながら見ていた渦奈子は、堀川へ視線を戻すと、 「たまたま近くまで来てたんですけどね。つい先程、ちぃーとばかり、堀川さんにお話したいことが 出来まして、直接お話した方が手っ取り早いと思ったわけですよ」  と、真顔になって言った。 「俺に話…何です?」  渦奈子は、堀川に顔を近づけると、声を潜めて言った。 「昨日の撮影についてきてた、伊原プロデューサーに呼び出されたんですよ。事件について話がある から、すぐTV局に来てくれって。私の他にも、誘拐騒ぎの被害者だった面々は全員呼び出されたみ たいなんです」  堀川は、目を見張った。 「伊原と言うと、あの?」 「ハイ、前々からマークされてた、あの伊原です。このタイミングでこの呼び出し…。ひょっとした ら、結成したてで悪いんですが、早速、日本支部の皆さんに活躍してもらう事になるかも」 「分かりました、早速、捜査員を集めて、その局へ向かう事にします」 「それじゃ、私は一応、呼び出しに応じた形で局におもむきます。タイミングを見計らって、いらし て下さい。本部へは、先に連絡入れときましたから」  それだけ伝え合うと、渦奈子は身を翻して去っていく。 「千代崎さん、我々が到着するまで、無茶はしないで下さい!」  渦奈子の背中に声を投げかけると、堀川は、彼女とは反対の方角へと身を翻し、駆け出していった。 〈9〉  陽太と桑田マネージャーを伴い、周吾が喫茶『ホイール』のドアを潜ると、マスターの花辺が素っ 頓狂な声を上げて、歓迎した。 「周吾ーっ!お前、大丈夫だったのか!良かった、良かった」 「重ね重ね、心配おかけしまして。でももう、平気です」 「マスター、声デケえよ」  笑顔で会釈する周吾と、眉をひそめる陽太。 「社長には、また入院したって聞いてたけどなあ、今日中にもう退院かあ? 怪我、大した事なかっ たのか」 「まだ無理しなくて良いって、言ったんですけどね。別に怪我してる訳でもない、ってきかなくって ね」  周吾の代わりに、苦笑しながら花辺マスターに答える桑田マネージャー。 「事務所へは行かなくていいのか?」 「その前に、ちとコーヒーブレイク」  今度は直接、花辺マスターの質問に答えつつ、カウンターに腰掛ける周吾。そして、マスターがコ ーヒーを淹れるまでの間、子供たちから渡された手紙の束を取り出すと、一枚一枚、丹念に眺めてい た。 「何だい、そりゃ。ファンレターか?」  花辺が、周吾達の前にコーヒーを置きながら訊ねる。 「誘拐騒ぎの後、俺がゲストで出てた番組宛に届いてた手紙ですよ。早く、番組に出られるようにな ると良いですねって」  周吾が嬉しそうに言うと、桑田マネージャーが口を挟んだ。 「そのうち、事務所にも、また見舞いの手紙やら花束やらが溢れかえると思うよ。誘拐騒ぎの次はま た、こんな事件が持ち上がったんだもの」 「そっか、誘拐騒ぎの後、事務所にも手紙一杯届いてたんですよね。何だかんだで、まだ目を通しき れてないんだけど。俺達も、こんなにファンの人がいてくれてたんですね」  しみじみと言う周吾に、桑田マネージャーが少し呆れたように返した。 「今更、何言ってるんだか。最初にオリコンに入ったドラマの主題歌以来、知名度がかなり上がって きてるんだから。もっと自覚を持ちなさい、周吾君は」 「やー、何か、ガムシャラにやってきてたから、どれだけ名前が売れてるかとか、意識してる暇が無 かったっていうか。未だに、知る人ぞ知る、みたいな感じなのかな…と」 「元々、俺達、有名人になるようなガラじゃなかったもんなあ」  コーヒーを啜りつつ、笑いながら、陽太が相槌を打つ。 「確かに、有名人らしい威厳も何も無いもんね、二人には」  急に真顔になって言うマスターに、 「やかましいよ」  と、陽太。  不意に、桑田の携帯が鳴った。急いで席を立ち、店の隅に向かってから、電話を取る桑田。 「ハイ、ハイ……えっ?」  にこやかに対応していた桑田の声色が代わった。気になって、桑田を振り返る周吾。何となく、電 話の内容が自分に関わるものであるような予感がした。通話を終了した桑田は、やや強張った顔で周 吾に振り向き、 「周吾君、あの伊原ってプロデューサーさんが、今から局に来て欲しいんだって…。凄く重要な話が あるからって。本人に直接、話したいんだって。誘拐事件に巻き込まれた人、全員が呼ばれたらしい んだけど…」  と告げた。周吾より先に、陽太が声を荒げて答える。 「はあ?昨日の今日だぜ?退院だってしたばっかりだっていうのによお。何考えてんだ、あの眼鏡」 「えっ、誘拐に巻き込まれた人を全員…って、例えば、戸浦真希さんも、ですか?」 「え?…どうかな、全員ってくらいだから、そうじゃないかな?」  周吾の質問に答える桑田。 「まさか…あの子、あの化けモンにグルグル巻きにされて、さらわれちまったんだぜ。流石にどっか 怪我しちまったんじゃないのか?あの子も、もう退院したっていうのかよ」  と、陽太。しばらく、俯いて考えていた周吾は、 「とにかく俺、行ってみますよ。事件に関して大事な話があるっていうんなら、行かなきゃだし。俺 も、あのプロデューサーさんや、他の人と色々話してみたいし」  と言うなり、ポカンとしているマスターの前にコーヒー代を置くと、即座に店から飛び出して行こ うとする。 「え、待って待って。今、車を回すから」 「おい、待てよ。また病院みたいに、取材の奴らが、集ってきてっかもしれねえぞ」  桑田と陽太が、口々に呼び止めるが、周吾は店のドアを開けながら振り向き、 「一人で、バイクで行きます。話の感じじゃ、誘拐の被害にあった本人達だけに来て欲しいみたいだ ったし。そっちの方が目立たなくてすむかも」  それだけ言うと、二人の返事も待たず、走り出していった。 「本当に大丈夫なの? 昨夜、あんな事あったばかりなのに。本当だったら、明日一日くらい病院で 休んでても良いのよ?」  伊原プロデューサーの待つTV局へと向かう車中にて、ハンドルを握りながら、名取マネージャー は助手席の真希へと語りかける。 「大丈夫です。大して怪我はしてなかったでしょ? 事件に関する大事な話なんだから、行かなくち ゃ。……私の方も、事件に関った他の人と、話したい事がありますし」  奇しくも真希は、周吾と同じ意見を口にした。 「あの誘拐騒ぎや昨日の事件については、もっと事実を知りたいでしょう?名取さんだって」 「それは…そうだけど」  そう言って言葉を詰まらせた名取は、フロントガラスを睨みながら、呟いた。 「何、考えてるのかしらね!あの伊原って人」  時刻は、既に午後七時をまわろうとしていた。 〈10〉  陽太の言うように、TV局の周辺には、多くの報道陣がごった返していた。 「うわ…気付かれずに入れるかな、これ。さっき、病院から出るだけでも大変だったのになあ」  フルフェイス型ヘルメットのシールドを上げながら、呟く周吾。 「『HOPPERS』のお二人や戸浦真希さんを連れていった取材先で、殺人が起こったという事ですが?  現場で、戸浦さんらが襲われたとも聞きましたが?」 「今夜、番組の企画者が、入院されていた桐州周吾さんらをこちらへ呼び出された、とのことです が?」  順序も何もなく、大勢の記者に次々と詰め寄られ、局の重役と思われる壮年の男性が、一つ一つの 質問におたおたと答えていた。  周吾がバイクから降りてヘルメットを外した途端、報道陣の一部が周吾に気付き、群がるように駆 け寄ってきた。  桐州周吾さん、お話を!お怪我の方は? もう退院なされて、大丈夫なんですか? 事件現場で、 何を目撃されたんですか? 先の誘拐事件との関連について、どう思われますか?  案の定、質問攻めにあい、 「あの…悪いんですけど、急ぎの用事が…」  と、まともに返答する事も出来ず、どうしたものかと周吾が困惑していると、TV局の前に、数台 のパトカーが止まった。 「皆さん、申し訳ありませんが、下がってもらえますか」  覆面パトカーの一台から降りた堀川が、警察手帳を見せながら、周吾と記者達の間に割って入って きた。 「桐州周吾君、中で、先に千代崎渦奈子さんが待っているはずだ。ここは、私に任せて行きなさい」 「あ…はい」  一瞬、見知らぬ刑事である堀川の出現と、その言葉に戸惑いを見せた周吾であったが、すぐに彼の 助言に従い、他の報道人にまで囲まれないうちに、足早に局の社屋へ入っていった。他の記者達が周 吾へ向かうのを遮るように歩きながら、堀川は、質問攻めにされていた局の重役らしき男性に向かっ ていく。後から追いついてきた竹潟と杉野も、警察手帳を見せながら、報道陣をかき分けるようにし て進んでいく。男性へ駆け寄り、簡潔に名乗る二人。 「警視庁・捜査一課の竹潟です」 「警察庁・刑事局組織犯罪対策部の、杉野です。桐州周吾さんらの誘拐事件、御存知でしょ?それに ついて、ちと調べにゃならん事がありましてね…」 「警視庁ばかりか、警察庁からも直々においでとは。ウチの局で調べたい事とは?」 「ここでは何ですので、もう少し話しやすい場所まで…」  背後にいる大勢の記者を横目にしながら、堀川らは、男性を物陰へと先導する。 「桐州さん、こっちこっち」  受付を通り過ぎた周吾は、女性の声に呼び止められ、振り返った。ショートカットに理知的な顔立 ち、細い蔓の眼鏡をかけた若い女性が、こちらに手を振っている。周吾にも見覚えのある顔。千代崎 渦奈子だった。 「千代崎さんも、伊原プロデューサーに呼ばれてここに来たんですよね?」 「ええ…そうなんですけどね」  駆け寄りながら話し掛ける周吾に、何故か目を逸らしながら、言葉を選ぶように返答する渦奈子。 「すぐプロデューサーに会ったりせずに、もう少し、ここで待っていたほうが良いかも。刑事さん達 がこっちへ来るまでは。戸浦さんたちは、まだ来ないのかな?先に来ちゃったって事もあるから、貴 田さんに探してもらってはいるけど」 「え、刑事さんたちを待つって…警察の人も交えてする話なんですか?」  周吾の質問に、再び彼へ目を向けながら、答えようとする渦奈子。 「実は、あの伊原ってプロデューサーなんだけど…」  渦奈子が最後まで言う事は、叶わなかった。不意に、周吾の頭の中に、奇妙な感覚が迸る。かつて 誘拐されたフェザールの施設や、昨日、ロケバスで真希の姿を見た時にも感じた、何者かの気配を直 感的に感じ取ったような、疼きを伴う感覚。 「あっ」  思わず、短く叫んだ周吾。 「どうかしました?」  訊ねる渦奈子。  渦奈子に答えを返す事もなく、周吾が辺りを見回し始めると、今度は、人の話し声が彼の耳に届い てきた。本来なら、絶対に届かない距離からの、小さな囁き声。周吾が神経を聴覚に集中すると、よ りハッキリと声が聞こえてきた。聞き覚えのある声であった。 「真希さん達の声だ」  渦奈子よりも僅かに早く、放送局に到着していた真希と名取は、伊原が待つという場所へ向かう途 中で、数人の男達に道を塞がれていた。中には、昨夜の撮影に伊原と共に参加していたスタッフの顔 もある。誰もが、生気というものが感じられない無表情で、ゆっくりと、真希達への距離を詰めてく る。 「あ、あの…」  名取が口を開いた途端、男の一人が突然、両手を突き出した姿勢で走り寄って来た。咄嗟に、名取 の腕を引いて、横に飛び退く真希。目標を失い、壁に激突した男は、やはり無表情のまま、真希達に 振り返る。 「何をするんですか!」  真希にしがみ付き、怯えながらも声を荒げる名取。  彼女達の様子を、照明の灯っていない暗い室内で、監視カメラのようなものを通じてモニターして いる、伊原プロデューサーと小森ディレクター。 「おっと、もうこんな時間だ。最後まで見届けたいのはやまやまだが、俺はそろそろ、この放送局か ら消えなくてはな」  そう言って、伊原に背を向け、去って行く小森。 「ああ。後は俺と部下どもに任せておけ」  そう答えただけで、小森を見送る様子もない伊原は、小さなマイクを掴むと、真希達を襲っている 男達へ指示を出す。 「騒ぎになっても構わん。変身しろ。奴らの正体を暴き出せ」  伊原の指示を受けた男達の腰に、ベルトのような装飾品が出現していた。周吾達を襲った蜘蛛の怪 物や、『リギル』と呼ばれる姿となった周吾のベルトに酷似したデザインだが、バックルの中央部に ある円盤には、赤い円状のマークが印されている。そのマーク部分が高速で回転し始めたと思うと、 回転に合わせる様に、男達の姿が、みるみる変貌を遂げていった。真希は息を呑み、名取は短い悲鳴 を上げた。 「やばい、悲鳴だ!」  そう叫ぶなり、周吾は走り出した。渦奈子の制止も聞かず、周吾は、階段へ向かうと、二段、三段 を一気に飛び越しながら、凄まじい速度で駆け上がって行く。  真希達の目の前で、男達は、ボディスーツのような黒装束に全身を包んだ不気味な姿へと変貌して いた。人間の顔に当たる部分には、CDに似た、銀色のディスクが張り付いている。小さなドリル状 の、鋭い突起になっている指先を振り上げ、黒装束の怪人物達は、真希達へ再び襲い掛かっていく。 「どりゃあっ!」  一人の男が気合いと共に、怪人の一人へ体当たりをかます。真希と名取、邪魔をされた怪人達は、 その闖入者へ一斉に振り向いた。周吾達と共に、フェザールの施設へとらわれていた男性。渦奈子と 組んでいる雑誌記者の貴田であった。  階下から、周吾が駆け上がって来た時には、名取を自分の背に庇う貴田が、黒装束達に囲まれ、退 路を無くし、追い詰められていた。真希の姿は見当たらない。  黒装束達が、貴田に指先を突き立てるべく突進した、次の瞬間。突風のように飛び掛った周吾の繰 り出した拳によって、黒装束たちは2、3人まとめて、数メートル後方に吹き飛ばされた。 「桐州、周吾さん!」  貴田と名取が、同時に叫ぶ。 「真紀さんは? 一緒じゃないんですか!」  周吾が叫ぶと、半泣きになりながら説明しようとする名取に代わって、貴田が答えた。 「僕が二人を連れて、階段に逃げ込んだまでは良かったんですが…こいつらに分断されてしまいまし てね。戸浦真希さんは、他の奴に追われて、上の階に一人で逃げて…」 「上に…」  呟きながら天井を見上げる周吾。その隙をつき、怪人の一人が周吾に襲い掛かる。すかさず反応し た周吾が、前蹴りで相手を弾き飛ばす。 「二人とも、そこから逃げて下さい。下の階に、警察の人が来てます。俺、真希さんを連れてきます から」  階段の下方を指し示しながら、貴田と名取を促す周吾。二人は、硬直したように動かない。名取が、 「でも、桐州さん、一人で…」  と、おろおろ声で言わんとする事を遮り、 「早くっ!」  と怒鳴りつけるように、再度、周吾が促す。それを受けて、ようやく二人は階段を駆け足で降りて いった。  群がる黒装束の男達を、周吾は怪力で押し留め、力任せに薙ぎ倒していった。二人の怪人物が危う いところで周吾の攻撃をかわし、彼にドリル状の指先を付き立てんとする。危うくそれを受け止め、 揉み合いになった周吾は、敵を、廊下の突き当たりにあるガラス戸へ、渾身の力で投げ付けた。  ガラスの砕ける音が、社屋の外にいる竹潟らの耳にも届いた。 「TV局の中だ!行くぞ!」  竹潟と堀川の、共通の先輩刑事である杉野が、長年に渡って蓄積された経験からか、いち早く異常 事態の発生に反応し、後輩刑事二人を促しながら走り出す。竹潟と堀川も、すぐに杉野の後を追い、 社屋へと向かう。他の警官達も、それに続いた。  周吾に投げ飛ばされ、社屋の外壁に取り付けられた非常階段へと躍り出た二人の黒装束は、しぶと く起き上がり、再び屋内に走りこもうとする。それより早く非常階段へ飛び込み、二体へ殴りかかっ た周吾は、 「だあああああああっ!」  と叫びながら、二体のボディへ連続パンチを叩き込む。黒装束の体にパンチがヒットする度に、周 吾の体が少しずつ変化していった。昆虫の外骨格のような、青いプロテクターに包まれた異形の姿。 完全に頭部までも変身を終えた瞬間、放ったパンチが、黒装束達の体内の機構を完全に破壊した。金 属がひしゃげるような音と共に、黒装束の全身から激しく火花が飛び散り、白煙が立ち上った。首を 垂れ、黒装束達は、急に全ての動きを止めてしまった。  大きく呼吸を乱しながら、よろめいた周吾が非常階段の手摺りによりかかる。いつの間にか、リギ ルへの変身は解かれ、再び、人間・桐州周吾の姿に戻っていた。 「俺、また…」  人間に戻った己の両手を見つめながら、呟く周吾。そして、活動を停止した黒装束達に目をやり、 「こいつら、一体…。あの蜘蛛みたいな奴の、仲間か…?」  と独り言を漏らした、その時、周吾の発達した聴覚が、真希の荒い呼吸音を捉えた。 「屋上か…」  周吾は、非常階段の上方を見遣った。  這這の体で階段を降りてきた名取らと遭遇し、彼等を保護した警官達は、更に、杉野らを先頭に階 段を駆け上がって行った。途中、杉野が、誰にともなく言う。 「伊原って番組プロデューサーが、フェザールの回しもんかも知れねえって情報…どうもマジみたい だな」  やがて警察官達は、周吾の攻撃から生き延びて名取達を追ってきた黒装束の一群と出くわし、真っ 先に堀川が反応した。特殊拳銃を引き抜きながら、敵の正体を口にする。 「先程、スライドの中で説明された連中です!こいつらがフェザール戦闘員です。サイボーグデッド の命令で動く…」 「化け物の中でも下っ端の奴らか!」  叫びながら、杉野も特殊拳銃を引き抜く。竹潟も、緊張した面持ちで拳銃を構えた。 怯む事無く襲い来る、フェザール戦闘員の群れ。特殊拳銃を抜いた警察官達は、ほぼ同時に引き金を 引いた。支給された特殊弾丸が、戦闘員の体を次々と撃ち抜く。轟音と硝煙が、瞬く間にテレビ放送 局の廊下に充満していった。  銃弾を受けた戦闘員は一様に、周吾に倒された者達と同じく、火花と白煙を噴出しながら活動を停 止した。 「くそ、こいつらも人間…しかも組織の犠牲者かもしれない奴の、遺体だったんだよな」  中年の刑事は、自分が握っている拳銃を眺めながら呟いた。杉野の言いたい事は、竹潟も良く分か っていた。 「良い気分がしないぜ」 「ええ…」  吐き捨てるように言う杉野に、竹潟も戦闘員の『残骸』を見つめながら言う。そんな彼等に対し堀 川は、あまり感情のこもっていない声で 「そうでしょうね。しかし、フェザールの事件に関っている間だけは、その感覚を封じ込めて、ある 種の冷徹さを身につけていただきたい。そうしなければ我々が奴らに殺されてしまう。市民を守るた め、そして己の身を守るためにも。お願いします」  と促した。 「ああ…そうなんだよな」 「ええ、わかっています」  渋い顔のまま答える二人に背を向け、非常階段の砕け散ったガラス戸へ歩みを進めようとした堀川 だったが、ふと立ち止まると、微かに竹潟へ振り返り、再び口を開いた。 「…ただ、『相手を撃って良い気分がしない』という、それは、人間としてごく普通の…いえ、正し い感覚だと思います。矛盾した事を言うようですが、その感性だけは、事件の中でもどうか大切にし ていて下さい」  そう言うと堀川は、改めて歩み出してながら、小さく付け加えた。 「貴方達の様な方々と組めたのは、幸いでした」 「えっ、あ、堀川さん…」 「分かったろ?堅っ苦しいし冷酷にも見えが、あれでなかなか良い奴なんだって」  戸惑う竹潟の肩を叩きながら、杉野がフォローを入れる。 「急ぎましょう。残った戦闘員は、全員がここよりも上階へ向かったようです。屋上へ行ってみまし ょう」 「ああ」 「はい!」  非常階段から屋上を見上げていた堀川の発言を受け、杉野と竹潟が頷いて、拳銃に弾丸を込めなお した。 〈11〉  屋上に逃げ込んだ真希は、屋上に複数備え付けられている、大型換気扇のうち一つの陰に身を潜め ていたが、すぐに戦闘員達に発見されてしまった。慌てて逃げ出そうとする真希の前に、不意に戦闘 員とは違う、更なる異形の者が立ち塞がった。  大きく湾曲した、螺旋状の角を頭部に生やし、鈍い金色の装甲に全身を包んだその怪人は、いきな り真希の首を鷲掴みにすると、驚異的な腕力で彼女の体を宙へ持ち上げた。呼吸も、声を上げる事も 出来ずに、悶える真希。と、彼女が苦しみながらも、自分の首を締め上げている怪人の腕を両手で掴 む。その両手に、怪人の腕が軋んで音を立てるほどの強烈な握力が込められ始めた。更に、真希の腹 部に、黄緑色の光の渦が現われる。  その変化に目を奪われる怪人であったが、すぐに光の渦は消え失せ、真希は両手を怪人の腕から離 すと、力無く頭を垂れた。怪人が真希の体を無造作に放り捨てると、転がった真希は、それきり、何 の反応も示さない。 「気を失ったか…。だが、この反応は間違いない。本物だ。と、いう事はあの『新型』を倒したの も…」  失神した真希を見つめながら、そう呟く怪人の体が、みるみるうちに、ごく普通の人間の姿へと変 わっていく。人間の姿へ戻った伊原プロデューサーは、真希を連れて行け、と言うように、戦闘員ら に、オイ、と一声促した。  ふと、何かを感じ取った伊原と戦闘員らが、真希の背後に見える非常階段へと、目を向ける。そこ に現われたのは、真希の微かな呼吸の音を頼りに、息を切らして駆け上がってきた周吾であった。真 希に手を伸ばしていた戦闘員が、周吾に襲いかかろうとするが、それより速い動きを見せた周吾は、 その戦闘員らを殴り倒し、気絶している真希を抱き起こした。  感情のこもっていない、抑揚の少ない声で伊原が言う。 「ほう、お前も来たか。この反応…お前もまた、改造されているな」 「改造? 伊原プロデューサー…一体、これは…」  明らかに昨日とは様子の異なる伊原、周囲に蠢くフェザール戦闘員、自分の腕の中で気を失ってい る真希。それらに目を遣り、困惑気味に周吾は言う。 「桐州周吾。俺と、戸浦真希と共にフェザールへ来い。偉大なるフェザールの一員となるがいい」 「フェザール…?」 「俺とお前に、この力を与えた組織の名だ」 「伊原さん…貴方は」  目を見張った周吾の言葉を遮り、伊原は説明を始めた。 「確かに、この身体は、元々は伊原玲人のものだ。だが、今お前と話している俺は、人間・伊原玲人 ではない。本物の伊原は既に死んでいる。この身体に伊原本人の意思―魂は宿っていないのだ」 「それって…」 「俺は、死亡した伊原の肉体に、フェザールが改造を施して造り出した『サイボーグデッド』だ」 「サイボーグデッド…」 「フェザールのメンバーや、フェザールが拉致した人間が死亡した後、その肉体を改造して造り出す 兵士だ。俺もその一体なのだ。だが、お前が倒したアイツと、お前は違う」  伊原、いや、伊原玲人の姿を借りたサイボーグデッドは、夜空を仰ぎながら、説明を続けた。 「あの蜘蛛の様な怪物は、我々サイボーグデッドとは別に、フェザールが実験的に開発した新たなタ イプの兵士だ。お前も見た通り、敵・味方の区別なく、無差別に人を襲う失敗作のようだがね」  伊原に化けたサイボーグデッド「インパルラ」は、再び周吾に顔を向けると、彼を指差しながら更 に言った。 「そしてお前は、俺と違って、人間・桐州周吾の記憶や意思―魂を未だに持っているだろう? お前 は、俺たちサイボーグデッドのように死んでしまったわけじゃない…生きたままで改造を施された、 改造人間だ」  何も答えず、周吾は真希の肩を抱いたまま、伊原―インパルラの顔を見据えていた。 「驚いているのか?だが、驚きも、心配も恐れも、何も必要ない。サイボーグデッドともあの襲って きた新種とも異なるとはいえ、お前もまたフェザールに力を与えられた、フェザールの『子供』なの だ」  インパルラは、夜空に両手をさしのばしながら、フェザールの「教義」を語り始めた。 「世界には、様々な形で、大きな力の流れが渦巻いている。例えば、大自然の驚異、戦争、人間の社 会や世相といったものも含めてな。お前が、これまでのように普通の人間として生きていこうとした とする。だが、人ではなくなってしまった事が、世間に広まったとしよう。ある者は、お前を怪物と 忌み嫌い、人を襲うかもしれないと恐れ、ある者は、お前を醜いと罵るだろう。マスコミ連中も何も かも、お前がどんな気持ちを抱いているかなど無視し、面白おかしく、お前の秘密を暴きたて、騒ぎ 立てる。お前を、人には無い力を持った貴重な実験材料としか考えぬ者も、いるかもしれない。そう した『大きな力』に、お前は苦しめられる」  未だ、周吾は何も言わずに、インパルラの顔を見据え続ける。 「だが、そんな大きな力を、自分達で起こせるとしたら?」  インパルラは両手を下ろし、周吾を見ながらニヤッと笑みを浮かべた。目は、全く笑っていない。 「大きな力の渦を自分達で生み出し、コントロールするものこそ、偉大なるフェザールなのだ。お前 も、フェザールの一員となり、渦を起こす側にまわって、人間としての生き方など捨ててしまえば、 それで問題は何もなくなる。力を生む事も出来ぬ人間達も、そいつらとの暮らしも、捨ててしまうが 良い。所詮、フェザールの生む力の渦の中では、すぐに吹き飛ばされ、消え去るだけの小さなものだ からな」 「大きな、力…」  呟く周吾の脳裏に、TV局の入り口で出くわした光景が蘇る。錯綜する情報と、それに苛立つ人間、 情報を求めて群がる人間によって、更なる混乱をきたす人々の姿。そして、訳も分からず、正体の分 からない敵に暴力・武力を振るわれ、命を脅かされる人達。  同時に、同じような人込みの中、自分のために懸命になって訪れてきた子供達の姿や、彼等が持っ てきてくれた、何通かの手紙も―。  周吾は、手紙を持っていた感触を思い出しながら右手を見つめると、真希の肩を抱いているその右 手に僅かな力を込めた。 「さあ、俺達と共に、翔べ。自由な世界へな」  インパルラが、更に周吾へ誘いをかける。周吾は、換気扇の傍へ、そっと真希の体を横たえさせる と、低く、力のこもった声で答えた。 「違う」 「何?」  聞き返すインパルラに対し、ゆっくりと立ち上がりながら応える周吾。 「お前の言う、強くて大きな力の流れ…渦の中でも……凄く小さくて頼りないけど、それでも大事に したい、守りたいものがある」  周吾は、強い意思の宿る目で、敵を改めて見据えた。 「それを…力を生み出すことができない、どうしようもないものだなんて言って、吹き飛ばしてしま うような心無い力なんか、いらない。そんな力の渦とやらで世界をどうこうしようなんていう生き方 なんか、いらない! お前らから見れば、どんなに力無くて、くだらなくても…俺は、大事なものを 守っていたい」  仁王立ちになり、周吾は力強く言い放った。 「要するに、仲間にはならない、と。予想通りの答えだな。人の心を持たん俺に、中身が人間のまま であるお前を、上手く説得出来るとは、元より思っていなかった」  大して表情も変えずに言ったインパルラは、自らの腰に巻かれたベルト状の器具に目をやり、バッ クル中央にある、フェザールを象徴する赤い円状マークを見つめながら、丸い眼鏡を煌かせた。それ に応えるかのように、円状マークが、高速回転を始めた。  回転するマークから聞こえてくる、CDの起動音に似た「キュルキュル」という音に合わせ、人間 ・伊原玲人の姿が、インパラの特徴を持つ異形の怪人へと変形していく。再び怪人体と化したインパ ルラを守護するかのように、戦闘員達がインパルラを取り囲みながら、周吾と対峙した。機械的なエ コーのかかった声で、怪人が告げる。 「説得に応じぬ場合は処分しろとの命令だ。そして、そうなった。予想通りにな」 「お前らが、大きな、恐ろしい『渦』を生み出すっていうんなら…俺は、その渦を蹴散らす、小さく ても強い嵐になってやる!」  そう言い放った周吾は、腹部の前に両手をもっていくと、目に見えない小さな球体を掌で包んでい るような構えをとった。それぞれの掌を球体の上下にあてがったような、その構えをとったと同時に、 存在しない球体の位置―周吾の腹部中央に赤い光の渦が出現した。彼が構えを解いて両手を腰の左右 へあてがうと、赤い光の渦から更に光の帯が伸び、ベルトが巻きつくように周吾の腰を周回していく。 光の渦と光の帯は、瞬く間にベルト状の器官へと変化した。  風が吹き荒れているような、何かが唸っているような、独特の低い待機音がベルトから響く中、周 吾はかつて自分が学んでいた武術・武道の構えに似たポーズをとって、敵を牽制した。その構えから、 更に真っ直ぐに伸ばした両腕を、時計の針や風車の羽を思わせる動きで回転させた周吾は、 「変…身!」  と、両掌を勢い良く、ベルトのバックル部分にあてがった。  同時にバックル中央の赤い発光部が回転を始め、そこから、目には見えない力の波動のようなもの が周囲へと広がった。今まさに、周吾へ襲い掛からんとしていた戦闘員達が、その波動で打ちのめさ れてしまったかのように、身体を振るわせ、動きを止めた。波動の余韻は、気絶している真希の顔に そよぎ、微かにその髪を揺らした。  赤い発光部の取り囲む、バックルの青い装甲が光を発した。装甲から、CD等の光ディスクを思わ せる、ブルーを基調とした光る虹模様が広がり、周吾の肉体を包み込んでいった。青い虹模様で完全 に包まれた身体の輪郭が、通常の人間とは異なる形へと変化していく。  不意に虹模様が、一際眩く輝いてから消え去ってしまった。そこには、キリギリスの特徴が備わる 異形の戦闘形態へと変貌した、周吾の姿があった。黒いボディースーツのような強化皮膚と、昆虫の 外骨格に酷似したブルーの装甲によって包まれた体。仮面やヘルメットを思わせる硬質の頭部。そこ に備わる、黒光りする複眼、螺旋状の細い角のように伸びている銀色の触角。黒い複眼に、赤い光の 渦が灯り、その光が消えると、複眼のカラーは赤に変化していた。  周吾がはっきりと自らの意思で変身したリギルは、先程と同じく、武術・武道の構えをアレンジし たポーズをとって身構えた。 「殺せ」  インパルラの命令で飛び掛っていく戦闘員の群れ。それを迎え撃つリギル。うっすらと目を開けた 真希は、ぼやけた視界にリギルの背中を捉える。しばらくその背を見つめていた真希の意識は、再び、 ゆっくりと闇に没していった。  警察官らが、屋上へ到着した時、異形の者達の戦闘は、既に熾烈を極めていた。次々と襲い来る戦 闘員の攻撃をいなしながら、戦闘員一体につき一発、確実に反撃を決めていくリギル。彼のパンチや キックが命中する度、一撃で戦闘員はボディから火花を飛び散らせ、倒れ付して動かなくなってく。 倒された戦闘員らがあっという間に、周囲を埋め尽くしていった。戦闘員による攻撃の合間をぬい、 高くジャンプしたインパルラが空中から体当たりを仕掛けるが、リギルは身を翻し、半回転させて、 それをかわす。 「あ、あいつ! 桐州君の言っていた、青い昆虫に似た、もう1匹…!」  リギルの姿を見て、驚く竹潟が叫んだ。 「また、化けモン同士で戦ってるってのか?」  言いながら、杉野が銃を構えるも、狙いをどこへ定めるべきか、判断が付かない。インパルラの攻 撃をかわしたリギルが、警察官らの出現に気付くと、こちらを見つめている竹潟に対し、倒れている 真希に気付くよう、顎を軽く動かして合図を送った。  リギルの示す方角を見遣った竹潟が、すぐに、失神している真希に気付く。 「戸浦真希さん!」  戦闘員らが、真希に駆け寄る竹潟に攻撃の鉾先を変えた。即座に反応する竹潟と、彼を庇って真希 の救出を援護する警察官達が、一斉に拳銃を放つ。特殊銃弾が、戦闘員らの数を更に減らしていった。  再度、空中へ飛び上がったインパルラは、頭部と同じく巨大な角状突起を生やした身体各部を活用 し、リギルを串刺しにせんとばかり、突進をかける。身体を半回転させてこれをかわしつつ、回転の 勢いを利用して肘打ちを食らわせ、敵を薙ぎ払ったリギルは、更にその勢いを利用して、後ろ回し蹴 りを敵に叩き込む。  大きく吹き飛ばされながらも、すぐに立ち上がるインパルラ。戦闘員は、既に一体も残らず倒され ている。残るはインパルラ1体のみなのだ。インパルラは高い跳躍力を活かして地を蹴り、放送局よ りも背の低い、近隣のビルの屋上へと飛び移った。 「あ、あのカモシカみたいな化け物、飛びやがったぞ!」  杉野の叫びを背に、リギルも夜空へ大きく跳び上がり、敵を追う。  だが、飛び移ったビルの屋上に、インパルラの姿は無かった。リギルの足が屋上へ着地したその瞬 間、物陰に身を潜めていたインパルラが、不意にリギルの前に躍り出た。その不意討ちをギリギリで かわしたリギルだったが、敵の突き出した角の先端が装甲を掠め、バランスを崩す。その隙を逃さず、 前方宙返りをするインパルラ。ジャンプと回転の勢いを用い、両足に備わる鋭い蹄を生かしたキック を繰り出した。  防御が間に合わず、弾き飛ばされたリギルを目にし、インパルラは勝利を確信したようだった。更 に大きく跳び上がり、角の一撃をリギルに喰らわせようとする。  インパルラに出遅れながらも、リギルもまたジャンプを繰り出す。そこから更に宙返りを行ったリ ギルは、それによって、空中で敵の攻撃をかわした。それに留まらず、回転の勢いを殺さずに足を振 り下ろし、インパルラを地に蹴り落とした。 「おおっ!」  テレビ局屋上の縁から戦況を見守っていた警察官達は、思わず歓声を上げる。彼等と、すぐには立 ち直れない程のダメージを受けたインパルラの目前で、リギルは、変身時と同じ武術の構えを応用し たポーズをとる。リギルが大きく両腕を回転させると、その動きに伴って、全身のエネルギーが両脚 部へと送り込まれていく。その足で、リギルは地を蹴り、前方の敵目掛けて大きく舞い上がった。  前方宙返りを行い、その勢いを殺さぬまま、きりもみ回転に移行するリギル。更に勢いを殺さない まま、敵目掛けて右足を蹴り出しつつ、ドリルのように回転しながら、リギルはインパルラへ突進し ていった。リギルを見上げたインパルラの目には、リギルの右足裏から放出されるエネルギーの波動 が、赤く輝きながら回転する、光の風車の羽のように見えた。  リギルが空中から放ったキックが、インパルラの胸板に炸裂した瞬間、けたたましい金属音に似た 大音響が上がり、衝撃でインパルラの身体は、遥か後方へ弾き飛ばされていった。立ち上がろうとし たインパルラが、電池切れの玩具のように、不意に動きを止め、ベルトのバックルにあるフェザール のシンボルマークが、耳障りな音を立てながら、不規則に回転しては、止まったりを繰り返した。数 秒後…完全に回転の止まったバックルから、眩いスパークが飛び散り、インパルラの全身に広がった と思うや、怪人のボディは大爆発を起こし、四散した。  息を飲む警察官らを見上げたリギルは、不意に走り出すと、ビルの屋上から飛び降り、姿を消した。 「あの虫野郎、逃げたぞ!追え、追うんだ!」  杉野が警官達を追い立てるように、指示を出す。堀川は、リギルの去った方角を見つめながら、 「今のが……」  と呟き、その先の言葉を飲み込んだ。竹潟もまた、消えたリギルを目で追いながら、 「あいつ、確かに俺達を襲う事なく、去っていった…。それに、まるで、この子を助けるよう、俺に 訴えるような事を…」  そう呟き、腕の中の真希へ視線を移す。  そして、屋上から飛び降りて姿をくらましたリギルを見ていた者は、警察官だけではなかった。い つ頃から居たものか、TV局の真下に、俳優の藤本弓継が立っており、リギルの飛び降りたビルを、 静かに見上げていた。 「藤本さんじゃないですか。貴方もいらしてたなんて」  後ろから声をかけたのは、やはりいつ頃からそこにいたのかしれない、千代崎渦奈子である。  そして、真希が竹潟の腕の中で目を覚まし、やはり、去っていったリギル―周吾の姿が見えている かのように、じっと彼のいた場所を見つめていた。 第2話 了


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